日本のニュースで少し前に、日本で生まれ育ったタイ系高校生が、親が不法滞在だったために強制退去に直面しているという記事を読みました。
移民問題は今や世界中の問題です。合法ではあるもののアメリカに移民として暮らしている私にとっても他人事ではありません。元々移民が建国し、多くの意味で世界の最先端を行く移民国家アメリカさえも移民法改革問題で大揺れに揺れています。特に移民の子供達は、1月20日に就任するトランプ次期大統領の厳しい移民対策を非常に恐れています。この問題、日本人にも参考になる部分があるかもしれませんので、ここにまとめておきます。
<トランプ次期大統領の移民政策を恐れる不法滞在の子供達>
トランプ次期大統領は2〜300万人の不法移民の強制送還を始めとした厳しい移民政策を打ち出すとしています。こうした発言や情報はが、移民の子供達が多いアメリカでは日々の生活や将来にダイレクトに跳ね返ってきます。家族や友達、そして自分自身がどうなるかわからない、これから大人になり大学に入って、という将来の夢がうち砕かれてしまうかもしれない、という不安やストレスは私たちの想像を超えるものです。
<アメリカで生まれていれば「アメリカ人」>
そんな移民の子供達の問題を考える時、まずはっきりさせておかなければならないのは、そもそもアメリカでは、アメリカ国内で生まれた赤ちゃんはすべてアメリカ市民だということです。親が不法移民であっても旅行者であっても同じです。実は先進国でこの措置を取っているのはアメリカの他はカナダだけです。これは移民の国としての自覚がはっきりとあるからだと思います。
言い換えると、親がアメリカに不法移民として入って来たとしても、その子供達はアメリカで生まれていさえすればアメリカ人なのです。その数は実に全出生数の7%以上を占めるとみられています。この時点で日本とは大きくスタート地点が違っていますね。
つまり今後トランプ氏の厳しい移民政策の影響を最も大きく受けるのは、不法移民として入ってきた、または途中で不法滞在になってしまった親と、彼らが連れてきた子供達ということになります。
<そもそもアメリカに不法移民はどれだけいるのか?>
その話をする前に、アメリカの移民の現状を数字でチェックしてみましょう。
まずアメリカに住んでいるとみられる不法滞在者の数は2014年の時点で1,110万人と推定されます。この数は
実に全人口の3.5%に登り、労働力では5%を占めています。
こうした不法移民の親からアメリカで生まれ、アメリカ国籍を持つ子供達は約400万人
一方で親と一緒に入国した子供達は100万人以上とみられています。
不法に入国したとはいえ長い人では10年以上、低賃金でアメリカの産業の底辺を支えてきています。そしてその子供達は普通に学校に通いアメリカ社会に溶け込んでいるのです。もともと移民の国であるアメリカでは、すでに入国している移民を排除するよりは、アメリカ人がやらないような低賃金の労働を進んでやってくれる移民を社会に取りこんだ方が理にかなっていると考える人が少なくありません。また何より人道的な意味でも着の身着のままで国境を越えてきた彼らを保護したり、コミュニティに定着した子供達や家族を守る活動も活発で、チャリティーと地方公共団体や公立学校などが連動しています。移民が多いカリフォルニア、ニューヨークなどのリベラル州では特にこうした動きが盛んで、例えばニューヨーク市では独自にNYC-IDという、滞在ステータスは一切問われずに取得できる市民IDカードを発行。そのカードがあれば銀行口座を作れるなどの措置を取り、不法移民とその子供達を保護しています。
<移民の子供たちを救ったオバマ大統領>
しかし連邦政府となるとそう簡単にはいきません。
オバマ政権の下で、不法移民として親と一緒に入国しても子供達には罪はない、彼らを救済し市民権を与えるDREAM ACTという法律を制定しようという運動が全米で盛り上がりました。彼らはDREAMersドリーマーズと呼ばれるようになりましたが、その法律は議会の多数派を占める共和党の反対にあい成立に至りませんでした。
そこで2012年オバマ大統領は代わりに大統領命令で、不法移民の子供たちに一時的に就業資格を与え強制送還から守る法律DACA(Deffered Action for Childhood Arrivals)を作りました。入国した時16歳以下で、2007年以降継続してアメリカに住んでいることなどが条件です。これまでに75万人が承認されて一定の成功を収めたと評価されています。
さらにオバマ大統領は2014年同様に大統領命令で、アメリカで生まれた子供(アメリカ人)を持つ不法移民(親)に対し同様の資格を与えるDAPA(Deffered Action for Parents of Americans)の制定を宣言、しかしこちらはテキサスなど26の州から違憲であるとして訴えられたために実施は見送られ、2016年6月には空席を抱えた最高裁で保守・リベラル4対4のこう着状態となったため事実上頓挫しています。
<トランプ時代に子供達をどう守る?>
厳しい移民政策を打ち出そうとするトランプ次期大統領は、このDACAとDAPAを就任次第無効にすると宣言しています。
トランプ大統領は、「流入した移民がブルーカラーの職を奪い、テロの温床を作っている」というメッセージで多くの支持を得て当選したわけですが、これには多くの反論があります。まず言葉も不自由な不法移民が、製造業などスキルが必要なブルーカラーの仕事を奪っていると考えるのはおかしい。むしろ彼らの購買力によって製造業が潤っている。またこれまで国内でテロ事件を起こした犯人ほぼ全員がアメリカの市民権を持っている移民2世だったことから、DACAを無効にしても何の意味はない・・・などの批判です。
犯罪歴があったりテロのウォッチリストに載っている不法滞在者を強制送還させるのはわかるとしても、普通に家族として生活し学校に通う移民の生活の基盤を全て奪って、母国に強制送還するのはあまりに人道的でないというのが多くの人の意見です。現在上院の超党派の議員たちが、DACAでアメリカに住む権利を得た子供達を守るための一時的な法律制定( Bridge Act)に乗り出しています。DACA自体は基本的に違憲と見ている共和党議員でさえも、この動きに積極的に乗り出しているほどです。今後の動きは全てトランプ政権次第となりますが、アメリカが子供達や若者の将来の夢を奪うような国ではないことを信じたいと思います。
さて最後に話は日本に戻ります。
このタイからの不法移民の子供は日本で生まれ育ち、日本語しか話せず故郷はもちろん日本です。自分を育ててくれた日本に感謝の気持ちを強く持ち、日本人以上に日本を愛してくることでしょう。そんな子供を一度も暮らしたことのない「異国」に送り返すのは、いくら法律とはいえやはりおかしいと感じるのが当たり前ではないでしょうか?
実は同じ頃、同様の境遇にいるインド移民の子供のことをロイターの記事で読みました。おそらく同じような境遇で光のあたらない場所にいる子供や若者が少なくない数いると思います。少子化が問題になっているのなら、こうした若い移民の子供達を大切に保護することは、高度なスキルや学歴を持った移民を誘致することと同じくらい重要なのではないでしょうか。少なくとも私は日本という国はそういう国であってほしいと心から願っています。