9.11から20年アメリカは何を反省したのか? What Is America Reflecting After 20 Years

JFN/TOKYOFM 全国36局ネットのOn The Planetでレポートした内容に加筆再構成したものです。

ニューヨークは今年911から20年を迎えました。

グラウンドゼロでは毎年恒例の追悼式。バイデン氏、オバマ氏ら政治家、ブルーススプリングスティーンが弾き語りで参加したり、私たちニューヨーカーにとっては、この追悼式をテレビで見たりあの日のことを思い出したり話したりしながら過ごす1日でした。

追悼式で亡くなった方々の名前を読み上げ失った家族に語りかける遺族の姿を見るのは20年経った今も悲しく辛いものでした。 この街でこの事件を体験したものとして強く感じたのは、未だに明らかにならない 事件の全貌を知りたいと言う思い、それを明らかにしないまま、または隠したまま私たちの悲しみを利用して戦争を繰り返しさらに大きな犠牲を 生み出す政府や政治への怒りや憤りです。 私でさえそう感じるのですから遺族の気持ちを想像するに余りあります。

先週からオンプラでも何度か話していますが、911を体験していない若者たちの間では風化も進んでいるのは否定できません。

反面、911とは一体アメリカにとって何だったのかと言う検証が20年経って今までよりは進むのではないかと言う期待も。

例えば今日13日のニューヨークタイムス1面ど真ん中の大きな写真は、アフリカの砂漠を歩く1人の男性、モハメドゥ・スラヒという モーリタニア人で、アメリカが911テロ容疑者を拘束するために作ったグアンタナモ収容所に15年間裁判も受けずに拘束されたが、結局有罪が証明されず釈放された。(彼の手記は世界でベストセラーに、映画もまもなく日本公開*)

グアンタナモ収容所には1時は700人もの容疑者が拘束されていたが、その中でテロ容疑が立証されたのはわずか。しかも彼らの自白を促すために国際法でもアメリカの法律でも禁止されている激しい拷問が行われたことがわかり世界に衝撃を与えました。

モラルや人権を無視、しかもこうした拷問 による自白は信憑性がない事は分かっていたのに、これを行ったのはブッシュ政権がどれほど追い込まれていたかということ。

報復を叫んでアフガニスタンに侵攻したけれど結果を出すことができず、続いて侵攻したイラクでも、こじつけた嘘がバレた上に泥沼にハマった。また911テロ直後に主犯ビンラディンの家族のサウジアラビア人を何人も特別帰国させたことでもかなり突っ込まれていた。

この一連の出来事によるアメリカ人の政府や政治への不信が、現代のアメリカの分断につながっているというテーマでドキュメンタリーを放送したのが公共放送のPBSです。

反ブッシュ、チェンジを掲げたオバマが当選、しかし次のトランプは逆にテロ恐怖、イスラムフォビアを利用し、人種にまつわる恐れと憎しみを可視化、利用して当選。

このプロセスでアメリカは見事に分断、1月6日の議会襲撃のようなアメリカ人とアメリカ人が戦う内戦まがいの構図を世界に見せてしまったわけです。

アメリカが人権やモラルも含め国際的な信頼を回復するためには この20年を徹底的に検証しなければと言う世論が高まり、そういう意味でも9 11全く終わっていない。

バイデン大統領も遺族の圧力に負けて当時の機密資料を少しずつ公開し始めたということですが、しかしコロナや温暖化等の大問題を抱えて世論の圧力がどれだけ長続きするかも正直疑問です。

*映画「モーリタニアン」10月29日日本公開

9.11の風化に関する記事はPresident Online と 日刊ゲンダイ にも寄稿しています。

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